群馬県版 讀賣新聞 2002年 1月6日掲載
金もうけの仕事、やめた
直径十数センチの葉の陰に、わずか十数個、鮮やかな紫色の真珠のような小さな実を付けたブドウの房を二つ見つけた。口に含むと「凛とした甘さ」が広がった。舌で味わうと土壌中のミネラル分の複雑な味も感じられた。
昨年11月、「ルンズ・ファーム赤城ぶどう園」代表の永澤徹(54)は、思わず小躍りしそうになった。期せずして出会ったブドウの味に、4年後の収穫とワイン作りの成功を確信した。
桐生市に生まれた。「50歳を過ぎたら、金もうけだけの仕事はやめたい。」スポーツクラブ運営会社の役員から転身。ちょうど一年前、会員制でワイン専用のブドウ農園を作ろうと、赤城村溝呂木に4.8ヘクタールの土地を取得し、1人で整地作業から始めたばかりだった。
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用地は日当たりの良い赤城山麓と決めていた。黒保根村から大胡町、富士見村と、休日のたびに用地を探し歩いた。埼玉・所沢市の自宅を担保に入れないことを条件に、妻のすみ子(51)を説得、1996年に会社は辞めた。もう後戻りはできない。
赤城山の西斜面中腹に水はけの良さそうな適地があった。東京・青梅市の地主には、「体が動く限り続けるつもりだ」と説得した。「貸すのはいいが、売るのは・・・」。親から引き継いだ土地は手放せない。地主は渋った。農業はその土地に根ざしてやるもの。永澤も買い取りにこだわった。
難航する交渉のさなか、永澤の名刺を改めて手にした地主の目が吸い寄せられた。「ココ・ファーム・ワイナリー顧問」。地主は顔を上げて言った。
「ワインに興味がある。ぜひ見学に行きたい」
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栃木・足利市で勤務していた89年ごろ、知人の紹介で、知的障害者更生施設「こころみ学園」の園生らが栽培したブドウからワインを醸造する、同市内の「ココ・ファーム・ワイナリー」でボランティアを始め、ワイン醸造も手伝った。
永澤にとって忘れられない光景がある。
「カン、カン、カン・・・」。急斜面のブドウ畑で、カラスを追うため、空が赤く染まるころになっても、バケツをたたき続ける園生がいた。ブドウの実がなり、収穫するまでのほんの1ヶ月間余りの仕事だ。「それ以外の時期、彼は何をしているのですか」。永澤が聞くと、学園の園長は「風に吹かれているのが彼の仕事なんです」と答えた。
「ココ・ファーム」の醸造技術は定評がある。だからといって、営利や効率の追求だけに走らない。何とも例えようのない懐の深さを感じ、ブドウ作りへの情熱は一層確かなものになっていった。
その「ココ・ファーム」に2000年9月、永澤とともに訪れた地主の態度はすっかり和らいでいた。「素晴らしい所だ。こういう所で仕事をする人になら土地を売ってもいい」
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昨年10月、「ぶどう園」にジャズバンドを招きワインパーティーを催し、100人近くが集まった。「ぶどう園」の会員のほか、「産廃でも捨てるのでは」と始めは疑っていた地元の農業関係者、「永澤さんの信念に共感した。村の農業にも刺激になる」と励ます村長の永井良一の姿もあった。ブドウ畑には夜遅くまで笑い声があふれた。
「ブドウ棚」ではなく、国内では珍しい垣根式のブドウ畑で苗木が育ち、ワインが作れるだけのブドウが収穫できるまではあと4年かかる。しかし、永澤は充実感にあふれた顔でこう話す。「ブドウ作りを通じてこれだけの仲間ができた。この1年で最大の収穫でした」(敬称略)
(小田中 崇仁)
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